広島平和学習
10月29日(金)
最初に、女の人が戦争(原子爆弾)について、教えてくれました。
「戦争があるから勉強したくてもできなくて、働きなさいと言って、勉強はできても1時間しか
できないの。」と言いました。ぼくは、勉強を自由にできるのに、昔は勉強ができなかったら
しいです。 次に女の人は、「ごはんもお金もないからお母さんたちは働きなさいと言うのです。
けしゴムは半年にひとつだから大事に使いました。電気はつかなくて、いつも真っ暗でした。」
と言いました。「だから物は大切にしましょう。」と言いました。 U.Y.

 資料館の中に入って、被爆者の方の話を聞きました。その人は、戦争でやけどのあとが残っ
ていました。今から59年前お母さんと2人ぐらしでお母さんが助けてくれたそうです。お母さん
は戦争でガラスがささって生きていたそうです。中学校3年生で被爆されたそうです。
 戦争中は勉強ができる時代ではなかったと言っていました。制服もきめられていて食べ物は
とうもろこしとかしかなかったと言っていました。
 そのころは、学用品もなかったし、食べ物もなかったし、白いごはんもなかったし、習字は
新聞紙に書いていたと言っていました。最後に「物を大切にしてください。」とみんなに言って
いました。  O.Y.

 資料館では、東館の1Fから西館の出口まで班行動で行きました。入り口からいろいろな絵や
写真を見ました。原爆ドームの模型や8時15分で止まった時計などが1Fにありました。2Fは、
戦争や原爆の写真やパネルなどがありました。3Fは模型やビデオコーナーと本やビデオを売っ
ているショップなどがありました。
 西館では、人かげの石や学生服や被害者を示すジオラマやパネルや写真などがありました。
戦争はもう二度とおきてほしくないです。  T.D.
感 想
金曜日には、広島平和公園・平和記念資料館を訪れ、
平和についての学習を深めてきました。
初めに、被爆体験者の方のお話を聞きました。勉強するために
学校に行ったはずが、中学3年生になったら勉強そっちのけで
働かされてばかりいたこと。当時は、学用品も食べ物も何にも
ない生活を送っていたこと。 8月6日の当日は、頭の上で原爆
が炸裂し、大やけどを負ってしまったこと。そして、原爆の恐ろし
さや病気になっていじめを受けたりしてとても辛い体験をされた
ということです。こうした体験は、何年間かは、決してだれにも
話したくなかったけれど、みんなに伝えていくことが私の使命
なんだと思うようになって、やっと話すことができるようになった
そうです。貴重な体験談を6年生は、シーンとしずまりかえって
真剣に聞いていました。
 資料館の中では、いろいろな展示物があって、
当時の様子や原爆の威力などを紹介していました。
なかには一部の子どもたちには少々見るに堪えない
ような展示もあって目をそらして通り過ぎることもあり
ました。

 最後に班行動でいろいろな場所を見学していたとき、
近所に住んでおられる松岡さんという方が、「平和の
鐘」について詳しく教えてくださいました。クイズ形式
で「平和の鐘に描かれている世界地図には、一つ
だけ足りないものがある。それは、何でしょう。」
・・・その地図には、大陸や島の海岸線が描かれて
いるだけでした。つまり国境がないのです。
「世界は一つ」なのです。